SNSを減らしたら、頭の中が静かになった

SNSを減らしたら頭の中が静かになった話。情報との距離を見直して感じた変化について書いた記事

SNSを減らしてから、頭の中が少し静かになった。

大きな変化があったわけではない。急に人生が整ったわけでもない。ただ、気づけば前よりも疲れにくくなっていた。

それくらいの、静かな変化だった。

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いつの間にか、開いていた

通勤中、休憩中、晩ご飯を食べながら、夜のリラックスタイム。

隙間という隙間に、SNSが入り込んでいた。

特に目的があったわけではない。軽く見るだけのつもりだった。少しだけ情報を確認するつもりだった。

でも、気づけば30分くらい経っている。

当時はそれを、あまり問題だと思っていなかった。みんなそんなものだろうと思っていたし、自分なりに情報収集をしているつもりでもあった。

情報を集めているつもりだった

インフルエンサーもSNSで情報収集をしている。そう聞いて、自分も同じように使っているつもりでいた。

有益な情報を探す。自分と近い考えの人を探す。似たような境遇の人を探す。

そうやってスクロールを続けていると、たまに「そうそう、これだ」と思う投稿に出会うことがある。

その瞬間は、少しほっとした。

勉強した気になれたし、前に進んでいるような気もした。でも実際には、画面を見ていただけで、何かが大きく変わったわけではなかった。

情報を集めているつもりで、ただ安心材料を探していたのかもしれない。

比べて、焦っていた

誰かの成果を見ると、どこか落ち着かなくなる。

なぜあの人はあれだけアクセスがあるのだろう。なぜあの人は収益が出ているのだろう。自分のやり方が間違っているのだろうか。

きらびやかな生活が羨ましく見えることもあった。時にはそれが「自分も頑張ろう」という気持ちに変わることもあった。

でも、長く見続けていると、だんだん焦りの方が大きくなっていく。

成果が出ている誰かと、まだ何者にもなれていない自分を比べてしまう。

ただただ、むなしかった。

誰かの正解を、ずっと探していた

他人は他人と割り切れる方だと思っていた。

でも、ひとつだけやめられないことがあった。

誰かの正解を探すことだ。

自分の考えと一致する投稿を見ると、ほっとする。好きな人が誰かに叩かれていたり、自分がもやもやしていることを他の人が言語化してくれていたりすると、「自分は間違っていなかった」と安心する。

冷静に考えると、少し不思議な行動だ。

でも当時の自分には、それが必要だったのだと思う。自分の中に答えを持てないから、外に探しに行っていた。

新しい悩みが出たら、正解を探す。新しい方法を知ったら、また正解を探す。

そこに本当の答えがあるわけではないのに、ずっと迷子になっていた。

静かになった

SNSとの距離を変えてから、まず気づいたのは、頭痛が減ったことだった。

感情が大きく揺れることも少なくなった。

良い意味で、視野が狭くなったのだと思う。他の人がどうしているかが、前ほど気にならなくなった。

頭の中に、少し余白ができた。

時間ができたことで、短い瞑想を毎日の習慣にした。静かに座っていると、自分がやりたいこと、やりたくないこと、怖いこと、楽しいことが、少しずつ浮かんでくる。

それを日記に書くようになった。

誰かの言葉を探す前に、自分の中にあるものを見にいく時間が増えた。

読書の時間も増えた。SNSでやっていた答え探しを、今は静かに本を読む時間に変えている。

本を読んでいる時間は、タイムラインのように次々と情報が流れてこない。ひとつの文章に立ち止まれる。その遅さが、今の自分にはちょうどよかった。

それでも、完全に遠ざけたいわけではない

SNSを減らしてよかったと思っている。

ただ、完全に遮断すればいいとも思っていない。

情報を絞ると、どうしても考え方が偏る。SNSをほぼ遮断している人のコンテンツを見ていると、どこか余裕がなく、尖りすぎていると感じることもある。

自分の考えを必死に押し通してくるような空気が、疲れている時は少ししんどい。

自分のコンテンツを見てくれる人は、普通の会社員や主婦の方も想定している。だからこそ、自分はそうなりたくないと思う。

SNSを意識的に見る期間を設けるのは必要かもしれない。ノウハウを探すためではなく、ただのエンタメとして見る。無駄を楽しむ時間として、軽く触れる。

常に目線レベルを平均に整えておきたい。

これくらいの距離感なら、今の自分にも合っている気がする。

まず、自分の話を聞く

SNSを減らして気づいたのは、自分が思っていた以上に、外の声を聞きすぎていたということだった。

誰かの成果。誰かの意見。誰かの正解。

それらを見続けているうちに、自分の声が小さくなっていた。

大事なのは、まず「私の話」を聞くことだった。

相手の声は、その次でよかった。

頭が静かになって、ようやくそれに気づいた。

この記事を書いた人

ライトミニマリスト。Unload Life 運営者。暮らし・思考・創作を少しずつ削ぎ落とし、軽く、凛と立ち直るための記録を書いています。

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