暮らしを軽くするために、私がやめた5つのこと

暮らしを軽くするためにやめたことを表現したミニマルな部屋

昔の僕は、目の前のことに集中して、精一杯取り組む。それだけで全てが解決すると思っていた。

物は高ければ品質が良い。情報は多いほど話の幅が広がる。予定も、人付き合いも、努力も、増やせるだけ増やした方がいい。どこかでそう思っていた。

でも、どれだけ頑張っても、どれだけ必死に取り組んでも、うまく回らない感覚があった。

テトリスで下手にブロックを積み上げているような状態、とでも言えばいいか。消えてくれればいいのに、ただ積み重なっていくだけ。

暮らしが少し軽くなったのは、「足すこと」をやめて「手放すこと」を始めてからだった。

やめたかったのは、物やSNSそのものだけではない。抱え込みすぎていた時間や情報、考え方を、少しずつ減らしていきたかったのだと思う。

目次

SNSをなんとなく眺めること

仕事や日々の用事で疲れていると、気づけばSNSを眺めていることがあった。他のことをする気になれないから、なんとなくスクロールし続ける。

僕もそうだった。

でも、その時間の使い方を続けている限り、自分の中に余白は戻ってこない気がした。

最初に手をつけたのが、「時間の使い方」だった。

家にいる間はSNSを見ない。その空いた時間を、創作や勉強に使う。

これだけで、ずいぶん違った。正直、これが一番やって良かったと思っている。

SNSを減らした話は別の記事に詳しく書いたので、そちらも読んでもらえると嬉しい。

セールや新商品を追いかけること

休日に、気になっているもののセール情報や新商品を探し続けること。探しているときは楽しい。でも、気づけばかなりの時間が経っている。

物を買うのは、思っているより精神的に消費する行為だと思う。しかも、お金も減る。

セール品というのは、自分が本当に欲しいと思ったものではなく、「安いから買った」ものである可能性が高い。

いずれ使う。そう思っていても、その頃には別のものが欲しくなっていたりする。しぶしぶ使うか、結局使わないか。

買う前も、買った後も、無駄に時間とお金を消費してしまう。

セールを追いかけることをやめたのは、そういう理由からだった。

他人と比較すること

他人と比較することが、必ずしも悪いわけではない。

比較することで上達することもあるし、モチベーションになることもある。子どもの頃は、勉強でもゲームでも走るタイムでも、誰かと競い合って伸びてきた。

でも、アラサーの頃から、他人と比較することが少しずつ辛くなってきた。

大人になると視野が広くなる。広くなれば広くなるほど、余計な情報が目に入りやすくなる。

人の成果、人の暮らし、人の選択ばかり見ているうちに、自分が何を大切にしたかったのかがぼやけていく。

僕にとって辛かったのは、比較することそのものというより、比較によって自分の基準を見失ってしまうことだった。

比較が必要な場面もあると思う。ただ、必要以上に見続けるものではなかった。

僕にとって、それが不要だった。ただ、それだけのことだった。

何でも引き受けること

断るのが苦手だった。

相手を傷つけてしまうのではないかと、つい気を遣ってしまうから。

でも、何でも引き受けていると、自分の時間が減る。やりたかったことができなくなる。自分を振り返る時間がなくなる。

そうなると、ストレスが溜まりやすくなって、穏やかに過ごすのが難しくなっていった。

結局、自分が辛くなる。

だから、仕事も付き合いも、何でも引き受けるのをやめた。

余計なことはしない。自分のために時間を使う。

自分勝手に見えるかもしれないけれど、自分に余裕がある状態の方が、相手にも誠実でいられると思っている。

そう考えると、断ることは悪くなかった。

理想の自分を追い続けること

正直、僕は根性論が嫌いではない。

10000時間の法則を聞いたことはないだろうか。アメリカの作家マルコム・グラッドウェルの『天才!成功する人々の法則』という本で提唱されていて、それが腑に落ちていたから。

時間さえかければ、誰でも何でもできるようになる。そう信じていた。

ただ、この考えが重荷になることもあった。

「もっと頑張らないといけない」「もっと時間をかけなければ」「もっと、もっとだ」。

今でも頑張りすぎることはある。早く結果が欲しい。報われたい。楽になりたい。その焦りが、余計な感情を生んでいた。

物を減らし、情報を減らしてきた。

でも、本当にやめたかったのは、もしかしたら「もっと頑張らないといけない」という感情そのものだったのかもしれない。

もちろん、努力を否定したいわけではない。

情報発信も、創作も、仕事も、人間関係も、続けていきたいものはある。

ただ、全部を完璧にしようとすると、また抱え込みすぎてしまう。

「再び立つ」というのが、このブログのコンセプトだ。

頑張りすぎず、でも立ち止まりすぎず。自分のペースで、続けていければいいと思っている。

もう逃げない。でも、完璧を求めすぎない。

まとめ

いろんなことを抱えすぎるより、まず自分を軽くすること。僕にとっては、それが大事だった。

時間は24時間しかない。精神力だって、そんなに無限にあるわけじゃない。

新しいものを足すことばかり考えていると、いつかパンクする。

もちろん、こういう考え方は人それぞれだと思う。

でも、僕の場合は意識して手放していかないと上手く回らなかった。それだけのことだ。

まず、目に見えるものや情報を少しずつ手放していく。自分なりの、飽きにくくて続けやすい環境を整えていく。

何か新しいことを始めるときは、何かをやめるとき。

これは本当に必要なことなのか。削れるものはないか。

そう問うようにすることで、自分の中に少しずつ余白を残していける気がしている。

この記事を書いた人

ライトミニマリスト。Unload Life 運営者。暮らし・思考・創作を少しずつ削ぎ落とし、軽く、凛と立ち直るための記録を書いています。

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