SNS疲れを減らすために、僕が手放した3つの習慣

SNS疲れを減らすためにタイムラインや通知との距離を整えるイメージ

SNSを見ていると、どうしても疲れることがある。

僕の場合、最近特にXがきつくなってきた。アルゴリズムが刺激的なものを優先して出すせいか、開くたびに見知らぬ人どうしの喧嘩が目に入る。自分には関係のない話なのに、なんとなく消耗する。

他人の喧嘩を横で見ているのって、部外者でもしんどいですよね。そんな感覚に近い。

ただ、だからといってSNSをやめたいわけではない。情報収集ツールとしては今でも便利だし、仕事でも使っている。

だから今回は、SNSから完全に離れる話ではなく、僕が少しずつ手放した使い方の癖について書いてみたい。

目次

SNSをやめたいわけではなかった

冒頭でも書いたけれど、SNSを完全にやめたいとは思っていない。

たとえばスポーツ観戦が好きな僕にとって、ワールドカップや野球の時期にXを眺めるのは純粋に楽しい。リアルタイムで他の人の反応を知れるのは、SNSにしかできないことだと思う。

ただ、そういう目的のある使い方とは別に、なんとなく開いて、気づいたら消耗している時間があった。

誰かと言い合いをしたくなる衝動に気づいて、少し嫌になることもあった。そこに加わったところで、自分の暮らしが軽くなるわけではない。むしろ、余計に疲れるだけだった。

そんなことを繰り返しているうちに、「開くこと」そのものへの意識が少しずつ変わっていった。

手放した習慣1:目的なくタイムラインを開くこと

SNSはAIに似ていると思う。

使う目的が明確な人と、そうでない人とでは、得られるものがまったく違う。

意識するようになったのは、「何かを調べたいとき」「記事のネタを探したいとき」に限ってタイムラインを開くことだった。

たとえばトレンドの記事を書くとき、Xで直接引用できる声があると記事の内容が濃くなる。そういうときは目的があるから、見終わったら閉じればいい。

逆に、疲れているときや隙間時間に、なんとなく開いてしまうことが多かった。

開く理由がないのに開く。

以前はそれが当たり前になっていたけれど、それをやめるだけでもかなり変わった。

目的のある使い方と、なんとなくの使い方。

その区別をつけるようになってから、SNSとの付き合い方が少し楽になった気がする。

手放した習慣2:通知にすぐ反応すること

次は通知の話。

作業中に鳴る通知音。バナー表示。ロック画面に積み上がる未読通知。それをスワイプして消していく作業。

ひとつひとつは小さなことだけれど、そのたびに意識が持っていかれていた。

対策はシンプルで、パソコン・スマホ・タブレットの通知をまとめてOFFにした。

よく言われることだけれど、これは本当に効果があった。

それでも気になるアカウントがあるなら、「今日やることが終わったあとにまとめて見る」と決めるだけでも違うと思う。

僕はアプリを使って、強制的に開けない時間を作っている。

SNSの引力は思っている以上に強い。

だからこそ、意志よりも仕組みに頼った方がうまくいくことが多かった。

手放した習慣3:投稿後の反応を何度も見に行くこと

これはブログやYouTubeなど、何かを発信している人に当てはまる話かもしれない。

投稿したあと、すぐに反応を見に行く。

いいねが増えたか確認する。また見に行く。また確認する。

気持ちはよく分かる。

発信を始めたばかりの頃は特に、不安になることも多い。

ただ、僕の場合は、それを繰り返すことで余計に疲れていた。

そこで、投稿したら閉じて別の作業に移るようにした。

アナリティクスが視界に入りにくいよう工夫したり、投稿後は意識的に別のことをしたりする。

自分が思っているほど、投稿は長く見られていないのかもしれない。

多くの場合、投稿は流れていくものだし、必要以上に反応を気にしなくてもいい。

そう考えられるようになってからは、少し気持ちが楽になった。

SNSとの距離は、ゼロか百かではなくていい

「そんなに嫌ならやめればいいのでは」と思う人もいるかもしれない。

でも、そんな単純な話でもない。

SNSは便利なツールだ。

営業にもなるし、情報収集にもなる。フォロワー数が一種の信用として扱われる場面もある。

ミニマリストとして知られている人でも、本を出版するときにはSNSの総フォロワー数を実績として紹介することがある。それくらい、影響力を持ったツールになっている。

少しAIにも似ている気がする。

好き嫌いとは別に、使う機会が増えているという意味で。

だからSNSを完全に手放す必要はないと思っている。

ただ、必要以上に使うと少しずつ消耗していく。

大事なのは、やめることではなく、距離を整えることなのかもしれない。

空いた余白を、自分の時間に戻す

SNSとの距離を整えてから、空いた時間を読書やブログ、創作、学び直し、ただ休む時間に使うようになった。

「こんなに時間があったんだ」と思った。

それだけ、これまでSNSに時間や注意を使っていたということでもある。

変化として一番大きかったのは、無駄に脳が疲れなくなったことだった。

「あれも気になる」「これも気になる」という感覚が少し薄れて、目の前のことに集中しやすくなった。

集中力がないと思っていたけれど、もしかすると仕組みの問題だったのかもしれない。

SNSから離れてみて気づいたのは、疲れていた原因がSNSそのものではなく、使い方の癖にあったということだった。

開くつもりがなくても開いてしまう。

通知が来ると、つい見てしまう。

投稿したあと、何度も反応を確認してしまう。

そういう小さな習慣が、少しずつ頭の余白を削っていたのだと思う。

だから今は、SNSをやめるというより、SNSに向けすぎていた意識を少し戻すようにしている。

読書をする。ブログを書く。絵を描く。学び直す。何もせずに休む。

大きく変えたわけではない。

ただ、通知を切ったり、開く回数を減らしたり、投稿したあとに画面を閉じたりした。

それだけでも、少しだけ自分の時間が戻ってきた気がする。

この記事を書いた人

ライトミニマリスト。Unload Life 運営者。暮らし・思考・創作を少しずつ削ぎ落とし、軽く、凛と立ち直るための記録を書いています。

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