学び直しを続けるために、習慣を小さくした

学び直しを続けるために小さな習慣を作るイメージ

情報発信や創作を続けていると、前に進んでいる感覚が見えにくくなることがある。

僕が普段やっていることは、情報発信と創作活動だ。どちらも好きでやっている。ただ、前に進んでいる感覚が得にくいのが難点で、最近それが少し気になるようになっていた。

アクセスが増えるかどうかはわからない。創作も、やればやるほど上手くなるという保証はない。どちらも、続ければ必ず報われるとは言い切れない。

そんなことを考えていたとき、頭に浮かんだのが「学び直し」だった。

勉強は、少なくとも触れた分だけ、自分の中に残るものがある。資格であれば、合格という形で残ることもある。自分の中に積み上がっていくものが見えやすい。

それが、今の自分にはよかった。

今回はその学び直しについて、続けるためにやってきたことを書いていこうと思う。

目次

学び直したい気持ちは、ずっとあった

学び直しを本格的に始めたのは、2026年の4月頃のことだ。

それまでも「いつかやろう」とは思っていた。ただ、その「いつか」が来ることはなかった。

きっかけはAIだった。

AIがより高度になるにつれ、自分もその分野の知識を持っていないと、うまく使いこなせないと感じるようになった。

学校でも職場でも、知識のある人に教わったほうが理解が早い。それと同じで、AIに的確な指示を出すには、自分自身が何かを知っていないといけない。

同時に、AIに頼りすぎることへの警戒感もあった。

自分でできるところは自分でやりたい、という気持ちもあった。

そして何より、自分が前に進んでいるという実感が欲しかった。

そのために、学び直しを本格的に始めることにした。

大きく変えようとすると、続かなかった

とはいえ、いきなり「やろう」と思っても続かなかった。

理由はシンプルで、勉強しなくても生きていけるからだ。

仕事は、しないと収入がなくなるから続けられる。学び直しには、そのプレッシャーがない。

それだけの違いで、継続のハードルがこれほど変わるのかと思うと、人間は面白いとも難しいとも思う。

だからまず、学び直すものを一つだけ選んだ。

そして、1日の時間も長くしすぎないようにした。目安にしたのは45分ほど。自分にとって、長すぎず短すぎない時間だった。

学校の授業に近い長さなので、感覚的にも区切りをつけやすかった。

最初から何時間もやろうとすると、たぶん続かない。

大きく変えようとするより、まずは生活の中に入れられる大きさまで小さくする。

その方が、僕には合っていた。

だから、習慣を小さくした

やることと時間が決まったら、次はそれを毎日の生活にどう組み込むかを考えた。

まず、紙に書き出した。

毎日何にどれくらいの時間を使っているか。やりたいことを洗い出して、優先順位をつけた。

優先度の低いことは後回しにするか、週に1回のペースにするかを決めた。そうすることで、空いた時間に学び直しを入れる隙間ができた。

炊事、洗濯、買い出し、掃除。

こういった家事の時間は、僕は嫌いではない。むしろ好きかもしれない。

でも、これらに毎日時間を取られていると、新しいことに手をつける余裕がなくなる。

だから家事の時間もできる限りミニマルに、効率化してきた。

家事をなくしたいわけではない。

ただ、毎日の暮らしを少し軽くしておくことで、学び直しに戻るための余白が作りやすくなる。

何かを始めるためには、普段の習慣を小さくしておくことが必要だった。

毎日完璧に続けるより、戻れる形にする

それだけ準備しても、毎日続くかどうかはわからない。

人が続けられない理由の一つは、毎日やるのが面倒になるからだ。

もう一つは、考えが変わるからだと思っている。

始めたときに必要だと思っていたことが、ある日突然「これ、今の自分に必要か?」と感じる日がくる。

僕の場合、それはかなりの確率でやってくる。

そうなったとき、高額なスクールや教材に投資していると、やめることが難しくなる。

だから始めるときは、無料のYouTube動画や本1冊程度に留めておく。

どんなときも、ミニマルスタートが基本だ。

いつでも辞めてもいいという出口を作っておくと、不思議と辞めなくなる。

逃げ道があると思うと、なぜかそこに向かわない。

自分の性格への不信感が、かえって罠として機能するのかもしれない。

仮に一度途切れても、コストが小さければ罪悪感も小さい。また始めやすい。

毎日完璧に続けることよりも、途切れても戻れる形にしておくこと。

僕にとっては、その方がずっと大事だった。

暮らしを軽くすると、学ぶ余白ができる

学び直しをする時間なんてない、と思う人も多いと思う。

僕自身も、何かを始めたいと思いながら、ずっと後回しにしてきた。

でも、まず何かを始めるためには、普段の暮らしを軽くしておくことが前提になる。

足元が散らかったまま何かを積み上げようとしても、すぐに崩れてしまう。

生活の土台が整っていて、初めて学ぶことに手が届くのだと思う。

物を減らしたり、SNSを見る時間を減らしたり、固定費を見直したりしてきたのは、何かを我慢するためではなかった。

少しずつ余白を取り戻すためだったのだと思う。

まず、毎日の時間の使い方が最適化されているかどうかを見直してみる。

僕の場合は、創作活動や情報発信もしているため、睡眠時間を6時間にして実験的に試してみている。

ただ、これはあくまで今の自分の実験で、睡眠を削るのは、基本的にはあまり勧められる方法ではない。それ以外の部分で余白を作る方法を探す方がいい。

僕にとっての学び直しは、無理に時間を捻出するというより、暮らしを少し軽くした先にできた余白へ、もう一度戻っていく感覚に近い。

学び直しは、自分を少しずつ立て直すこと

「勉強しなければ」「学び直したい」と思ったことは何度もあった。

簿記、AI、ライティング、読書、創作。

やりたいことは頭の中にあった。

でも、いざ始めようとすると、最初だけ頑張って止まってしまう。

気づいたのは、自分に足りなかったのは気合いではなく、戻れる仕組みだったということだ。

毎日1時間やると決めるより、10分だけ触る。

1冊を読み切るより、1ページだけ読む。

完璧に続けるより、途切れても戻れる形にする。

いつでもミニマルに始められる環境を整えておくこと。

始めるときもミニマルに。

やめるときも、罪悪感なく。

その軽さが、続ける原動力になっていく。

学び直しは、成果や資格のためだけではない。

自分を少しずつ立て直すための行為でもある。

大きく変わろうとしなくていい。

今日も少し触るくらいでいい。

頑張らない程度に、続けていく。

この記事を書いた人

ライトミニマリスト。Unload Life 運営者。暮らし・思考・創作を少しずつ削ぎ落とし、軽く、凛と立ち直るための記録を書いています。

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