SNSを見ていると、どうしても疲れることがある。
僕の場合、最近特にXがきつくなってきた。アルゴリズムが刺激的なものを優先して出すせいか、開くたびに見知らぬ人どうしの喧嘩が目に入る。自分には関係のない話なのに、なんとなく消耗する。
他人の喧嘩を横で見ているのって、部外者でもしんどいですよね。そんな感覚に近い。
ただ、だからといってSNSをやめたいわけではない。情報収集ツールとしては今でも便利だし、仕事でも使っている。
だから今回は、SNSから完全に離れる話ではなく、僕が少しずつ手放した使い方の癖について書いてみたい。
SNSをやめたいわけではなかった
冒頭でも書いたけれど、SNSを完全にやめたいとは思っていない。
たとえばスポーツ観戦が好きな僕にとって、ワールドカップや野球の時期にXを眺めるのは純粋に楽しい。リアルタイムで他の人の反応を知れるのは、SNSにしかできないことだと思う。
ただ、そういう目的のある使い方とは別に、なんとなく開いて、気づいたら消耗している時間があった。
誰かと言い合いをしたくなる衝動に気づいて、少し嫌になることもあった。そこに加わったところで、自分の暮らしが軽くなるわけではない。むしろ、余計に疲れるだけだった。
そんなことを繰り返しているうちに、「開くこと」そのものへの意識が少しずつ変わっていった。
手放した習慣1:目的なくタイムラインを開くこと
SNSはAIに似ていると思う。
使う目的が明確な人と、そうでない人とでは、得られるものがまったく違う。
意識するようになったのは、「何かを調べたいとき」「記事のネタを探したいとき」に限ってタイムラインを開くことだった。
たとえばトレンドの記事を書くとき、Xで直接引用できる声があると記事の内容が濃くなる。そういうときは目的があるから、見終わったら閉じればいい。
逆に、疲れているときや隙間時間に、なんとなく開いてしまうことが多かった。
開く理由がないのに開く。
以前はそれが当たり前になっていたけれど、それをやめるだけでもかなり変わった。
目的のある使い方と、なんとなくの使い方。
その区別をつけるようになってから、SNSとの付き合い方が少し楽になった気がする。
手放した習慣2:通知にすぐ反応すること
次は通知の話。
作業中に鳴る通知音。バナー表示。ロック画面に積み上がる未読通知。それをスワイプして消していく作業。
ひとつひとつは小さなことだけれど、そのたびに意識が持っていかれていた。
対策はシンプルで、パソコン・スマホ・タブレットの通知をまとめてOFFにした。
よく言われることだけれど、これは本当に効果があった。
それでも気になるアカウントがあるなら、「今日やることが終わったあとにまとめて見る」と決めるだけでも違うと思う。
僕はアプリを使って、強制的に開けない時間を作っている。
SNSの引力は思っている以上に強い。
だからこそ、意志よりも仕組みに頼った方がうまくいくことが多かった。
手放した習慣3:投稿後の反応を何度も見に行くこと
これはブログやYouTubeなど、何かを発信している人に当てはまる話かもしれない。
投稿したあと、すぐに反応を見に行く。
いいねが増えたか確認する。また見に行く。また確認する。
気持ちはよく分かる。
発信を始めたばかりの頃は特に、不安になることも多い。
ただ、僕の場合は、それを繰り返すことで余計に疲れていた。
そこで、投稿したら閉じて別の作業に移るようにした。
アナリティクスが視界に入りにくいよう工夫したり、投稿後は意識的に別のことをしたりする。
自分が思っているほど、投稿は長く見られていないのかもしれない。
多くの場合、投稿は流れていくものだし、必要以上に反応を気にしなくてもいい。
そう考えられるようになってからは、少し気持ちが楽になった。
SNSとの距離は、ゼロか百かではなくていい
「そんなに嫌ならやめればいいのでは」と思う人もいるかもしれない。
でも、そんな単純な話でもない。
SNSは便利なツールだ。
営業にもなるし、情報収集にもなる。フォロワー数が一種の信用として扱われる場面もある。
ミニマリストとして知られている人でも、本を出版するときにはSNSの総フォロワー数を実績として紹介することがある。それくらい、影響力を持ったツールになっている。
少しAIにも似ている気がする。
好き嫌いとは別に、使う機会が増えているという意味で。
だからSNSを完全に手放す必要はないと思っている。
ただ、必要以上に使うと少しずつ消耗していく。
大事なのは、やめることではなく、距離を整えることなのかもしれない。
空いた余白を、自分の時間に戻す
SNSとの距離を整えてから、空いた時間を読書やブログ、創作、学び直し、ただ休む時間に使うようになった。
「こんなに時間があったんだ」と思った。
それだけ、これまでSNSに時間や注意を使っていたということでもある。
変化として一番大きかったのは、無駄に脳が疲れなくなったことだった。
「あれも気になる」「これも気になる」という感覚が少し薄れて、目の前のことに集中しやすくなった。
集中力がないと思っていたけれど、もしかすると仕組みの問題だったのかもしれない。
SNSから離れてみて気づいたのは、疲れていた原因がSNSそのものではなく、使い方の癖にあったということだった。
開くつもりがなくても開いてしまう。
通知が来ると、つい見てしまう。
投稿したあと、何度も反応を確認してしまう。
そういう小さな習慣が、少しずつ頭の余白を削っていたのだと思う。
だから今は、SNSをやめるというより、SNSに向けすぎていた意識を少し戻すようにしている。
読書をする。ブログを書く。絵を描く。学び直す。何もせずに休む。
大きく変えたわけではない。
ただ、通知を切ったり、開く回数を減らしたり、投稿したあとに画面を閉じたりした。
それだけでも、少しだけ自分の時間が戻ってきた気がする。
